2014年5月27日火曜日

付加イオンによるフラグメント抑制

FDではEIに比べてソフトにイオン化できるが,
フラグメンテーションがまったくないわけではない.
生成する分子イオンはラジカルを有しているため,
安定なラジカルが生じるようなフラグメンテーションが特に起こりやすい.
典型的な例として,tert-ブチル基の脱離による[M-57]+の生成がある.

ラジカルが関与するフラグメンテーションの多くは,
プロトン付加分子([M+H]+),アルカリイオン付加分子([M+Na]+,[M+K]+など)からは起こらない.
低極性分子の場合,試料量を増やしたり,良くないエミッターを使ったりして
[M+H]+をたくさん生成させ,フラグメンテーションを抑えることができる.
ある程度極性があれば,上記のほかに,アルカリ金属塩(NaIなど)の添加も使える.


低極性化合物のイオン化法に,CI(化学イオン化)というのがあり,
これは,流通している多くの装置で利用できる.
FDには及ばないものの,試薬ガスを厳選すればある程度ソフトにできる.

CIではラジカルを有する分子イオンはほとんど生成せず,多くの場合,
プロトンか試薬ガス由来の反応イオンが分子に付加したものが生成する.

イオン化後のフラグメンテーションにラジカルが大きく関与する場合は
多少エネルギーが高くとも,CIでラジカルなしのイオンにする方が有利だと考える.

有用性を確かめるために,近々CIとFDの比較をしようと思っている.
試薬ガスを使い切るほど測定しない可能性が高いので,
ガスボンベではなく,リザーバーからガスを供給することにする.


CIは1970年代に熱心に研究されたが,最近,過去の知見を再発見した論文が出ている.
James L. Little and Adam S. Howard, Journal of The American Society for Mass Spectrometry24, 1913-1918 (2013)
試薬ガスとしてメチルアミンを用いればかなりソフトにイオン化できるが,
実用的でないほど感度が落ちてしまう.
大過剰のメタンと数%のメチルアミンの混合ガスを用いれば,感度が大幅に向上する.
この場合,メタン由来の反応イオンはほぼすべてメチルアミンのイオン化に使われるため,
サンプルのイオン化に寄与するのはメチルアミン由来の反応イオンとなる.



低極性化合物をFD/FIよりもさらにソフトにイオン化する手法として
IA(イオン付着)イオン化がある.
分子にリチウムイオンを付加させ,ラジカルを持たないイオン([M+Li]+)を生成する.

1970年代に,未活性化エミッターによる無機塩の測定から発展した.
下記書籍の78ページ(2.4.5.2章)
H. D. BeckeyPrinciples of Field Ionization and Field Desorption Mass Spectrometry, Pergamon1977.


このイオン源を装着した質量分析計は現在,販売されていない.
過去にはIA-LabというQ-MSがキャノンアネルバから出ていた.
JEOL環境セミナー講演集 (2008)

産総研でIA-TOF-MSを製作されているが,まだ製品化されていない.
産総研TODAY,Vol6-8,28ページ (2006)